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α-ジストログリカノパチーの病態解明と糖鎖治療研究

遠藤 玉夫(東京都健康長寿医療センター研究所 所長代理)

福山型筋ジストロフィーなどに対する糖鎖治療戦略

昨年「福山型筋ジストロフィーを含めた糖鎖合成異常症の系統的な解明と新しい糖鎖の発見」という研究題目で神戸大学(現東京大学)戸田達史教授と日本学士院賞を受賞したことは大変光栄に存じます。私たちの研究は、福山型筋ジストロフィー(FCMD)は糖鎖異常が原因である、ことを明らかにしました。

糖鎖とは文字どおりグルコース(ブドウ糖)のような糖が鎖状につながったもので、私たちの体を作る重要な分子です。糖鎖は、ABO式血液型を決めている、がんなどの疾患やウイルス感染などでも重要な働きをしています(図1)。

FCMDは、1960年福山幸夫博士によって報告され疾患であり、日本では先天性筋ジストロフィーの中で最も多い疾患です。戸田先生は、FCMDの原因遺伝子フクチンの同定、遺伝子異常の発生する仕組みを明らかにしました。しかしながら、遺伝子産物フクチンの機能は不明でした。

私たちは筋肉にあるα-ジストログリカン(α-DG)と呼ばれるタンパク質の糖鎖を分析して、哺乳類においてΟ-マンノース型糖鎖(Ο-Man型糖鎖)を初めて発見しました。さらにその糖鎖を作り出す酵素POMGnT1遺伝子を単離し、この酵素がFCMDに似た病気である筋眼脳病(MEB)の原因であることを戸田博士との共同研究によって明らかにしました。

つまり、MEBはα-DGのΟ-Man型糖鎖がうまくできないことによる疾患であることを解明しました。MEBはFCMDに似た病気であることから、FCMDも糖鎖が関連するのではないか、との考えに到りました。しかしながら、その解答を得るまでそれから15年という長い年月が掛かりました。

そしてFCMDの原因はこれまで私たちの体で知られていなかった糖鎖、すなわちΟ-Man型糖鎖にリビトールリン酸が二個つながった糖鎖、この異常であることが分かりました。これは哺乳類におけるリビトールリン酸を含む糖鎖の初めての発見でした。リビトールリン酸はこれまで細菌の細胞壁を作っていることしか知られておらず、人体での報告はありませんでした。

さらに、私たちはリビトールリン酸糖鎖を作り出す酵素の同定にも成功しました。それはFCMDの原因遺伝子産物フクチンだったのです。すなわち、最初のリビトールリン酸を付けるのはフクチンであり、二個目のリビトールリン酸を付けるのは FKRP(fukutin-related protein)であることを明らかにしました(図2)。FKRPもFCMDに似た病気を引き起こします。

これまで人体で報告のないリビトールリン酸の二個つながった構造を含む糖鎖がうまく作り出せないことが、FCMDおよびそれに似た筋ジストロフィーの原因であることを明らかにしました(図3)。今後この糖鎖を体の外から働きの悪くなっている筋肉などに届けることによって、現在治療法のないFCMDなどの筋ジストロフィーの症状を改善することを目指したいと思います。

図の説明

図1:糖鎖について

糖鎖はタンパク質や脂質に結合し血液型を決めるなど色々な働きをしています。また、糖鎖はがんやアルツハイマー病などの疾患とも関係しています。

図2:FCMDの原因である糖鎖(人体で初めてリビトールリン酸を含む糖鎖の発見)

FCMDの原因遺伝子産物であるフクチンの機能を明らかにしました。最初のリビトールリン酸をつけるのはフクチンであり、二個目のリビトールリン酸をつけるのは FKRP(fukutin-related protein)でした。これらは、CDP-リビトールというものを原料に使います。糖鎖が体の中で働くためには、完成した糖鎖が必要です。FCMDでは、糖鎖の途中が作れないために糖鎖が完成しません。Pはリン酸を、α-DGはα-ジストログリカンいうタンパク質を、それぞれ示しています。

図3:FCMDなどに対する糖鎖治療戦略

FCMDなどでは糖鎖がうまく作れないために、黒い矢印で示したように筋肉が細くなってしまいます。そこで糖鎖を体の外から働きの悪くなっている筋肉に届けることによって、FCMDなどの筋ジストロフィーの症状を改善することを目指します。