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JMDAに対する期待の声

私と筋ジストロフィー

日本筋ジストロフィー協会専属医師 石原傳幸
(国立病院機構箱根病院名誉院長、国立病院機構あきた病院非常勤医師)

私が筋ジストロフィーの道に踏み込んだのは大学卒後5年目の昭和50年11月1日でした。卒後2年目で筋肉病を専門にしようと思い勉強はしていたのですが、治療法がない筋ジストロフィーよりも当時すでに治療法があった筋炎の専門家になることをを志していました。縁があって当時の国立療養所東埼玉病院に就職したのは、その当時最新の筋電図検査装置があり、これで患者さんの検査をしたら新しい発見があるのではと考えたからです。

当時のデュシェンヌ型筋ジストロフィー(DMD)の平均寿命は16歳程度とされていました。病棟は3病棟あり大部分がDMD患者さんでした。愕然としたのは1/3の患者さんが16歳程度で、来年までに死亡されるのではと考えたのです。内科医としては何で、どういう経過で命がなくなるのかわからない時代で、内科的治療は教科書をみても無い状況でした。DMD平均寿命を20歳まで延長するという目標を立てて、色々な場所で公言しておりました。

筋ジストロフィー協会埼玉支部は全国の理事長が河端二男氏、奥様の静子さんもお元気で支部長として活躍しておられました。協会が積極的に患者さんの死後の解剖実施を勧めてくれて、私としては大変ありがたかったのです。

悪戦苦闘の結果、患者さんの3/4が呼吸不全で死亡されていたことがわかり、1980年代後半には人工呼吸器治療に全力を傾注しました。そして私が中心で動いた訳では無いのですが、1990年代には左心不全の薬物治療が導入されて、現在は平均寿命は33歳、50歳を越える患者さんも珍しくなくなりました。大幅に延命が可能となりました。

この成果が得られたのは、筋ジストロフィー病棟の主治医の努力があったのはもちろんですが、筋ジストロフィーの患者さん、保護者、協会、そして厚生省、厚生労働省の皆様の協働作業でなし得た成果だと思います。

呼吸器治療の経過を記すと、最初の呼吸器(体外式)をアメリカから輸入できたのは、東埼玉病院保護者の方の温かい経済的負担をいただけたからだったのです。又呼吸器治療患者の急死が続き、くじけそうになった時に保護者会長さんの励ましのおかげで呼吸器治療を継続できました。このように私の背中を暖かく、そして力強く押していただきました。

平成13年には筋ジストロフィー病棟のある箱根病院にうつり、平成23年に退職しました。定年退職後も筋ジストロフィー医療に携わりたく、あきた病院で非常勤医師として週4日勤務中です。又金曜日は筋ジストロフィー協会専属医師として在宅訪問診療をするようになり、早くも7年目となっています。

以上のように私の人生は筋ジストロフィーと切っても切れない関係であることがわかっていただけると思います。昭和の時代の保護者の皆様方の研究進展に対する怖いような期待感を最近感じられなくなって来ているのがやや残念です。

この間に協会理事長は川端静子さん、福澤利夫さん、現在の貝谷久宣理事長と継承され、会員の皆様に本当にお世話になって来ました、心より感謝申し上げます。夢だった遺伝子治療薬が売り出される時代となりましたがまだ完全な治療法とは言えません、1日も早く筋ジストロフィーが完治する日が来ることを祈って筆を置かせて頂きます。


JMDAの皆様へ

神戸大学大学院医学研究科教授 戸田達史(とだ たつし)

戸田達史(とだ たつし)

福山型筋ジストロフィーの遺伝子を発見し19年になります。いま、その遺伝子のはたらきと遺伝子治療の研究をしています。

一日も早く皆様に新しい治療をお届けするべく頑張っています。

福山型筋ジストロフィーの遺伝子登録数が増えるたびにこれだけの人が待っていてくれるのだと思うとぐずぐずしておれないと一層の奮起心がわいてきます。

もう少し待ってください!

この遺伝子治療が成功すればこの手法は他のタイプの筋ジストロフィーの治療の開発にも弾みをつけると思います。皆さん、温かい目で見守ってください。


NCNPから皆さんへ

国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター神経研究所長 武田伸一

武田伸一

国立精神・神経医療研究センターの武田伸一です。

Remudyの疾患登録の際にはお世話になっております。おかげさまで登録患者さんの数は1600に達しております。

この疾患登録は量・質ともに世界でも抜きん出たものでございまして、国内のあらゆる疾患の登録の模範となっています。みなさまのご協力のお陰です。ありがとうございます。

筋ジストロフィーのデュシェンヌ型の治療研究に関しましては、現在順調に治験が進んでおります。遅くても来春には結果が出るであろうと予想しております。

この治験がうまくいけば、デュシェンヌ型だけでなく他の病型にも治療が応用できるようになると思っております。

みなさまの合言葉「一日も早く」を目指して頑張っております。どうぞもう少々ご猶予ください。


筋ジストロフィー協会 応援コメント

元日本テレビアナウンサー/記者 藪本雅子

藪本雅子

日本テレビのアナウンサーをしていた頃、大げさに聞こえるかもしれないが、人生に行き詰まりを感じていた時期がある。人は何故、生きているのだろう。何故、生きなければならないのだろう。何のために産まれてきたのだろう。そんなことばかり考えていた。

平成9年、筋ジストロフィーを対象に、「着床前診断」が行われようとしているという小さな新聞記事を見つけた。生まれてくる命が、卵の段階で選別されるということに強い違和感を覚えた。生まれてきてはいけない命なんてあるのか――。私は『きょうの出来事』の企画として取材を開始した。そして、対象となるデュシャンヌ型の患者さんに初めて出会った。ストレッチャーに乗って、人工呼吸器をつけて生きている青年だった。自分が今このような状態だったらどういう気持ちになるだろうか。とても笑うことなどできない。絶望的な気持になるだろうと思った。

ところが、その青年は違った。いつも、笑っている。ビールをストローでぐびぐび飲み、かつおのたたきも豪快に食べる。ストレッチャーに乗って野球観戦に出かけ、選手とも交流する。前向きに、精力的に、人生を楽しんでいた。私はその姿に心を動かされた。

着床前診断が倫理的に良いのか悪いのか、そんなことはわからない。当事者でない第三者が軽々に口を出すことではない。ただ言えるのは、筋ジストロフィーであっても、一人の尊い人間であるということだ。生きている意味など考えても永遠に答えは見つからない。大事なのは、今、生きているということだ。

筋ジストロフィーの医療は劇的に進歩している。遺伝子を取り出し、切り取って、つないで、という夢のような根治療法、エクソンスキッピングは、現在、治験の真っ最中。ロボットスーツ「HAL」も登場した。これでリハビリをすると、成功体験を脳が記憶し、格段に病気の進行が遅くなり、できなかったことができるようになるという。

WHOの健康の定義は「身体的、精神的、社会的に完全に良好である」ということだが、どうだろうか。完全に良好な人・・・・私の周りで当てはまるのは、ほんの数人いるかいないか。私も含め、誰もがいろいろなレベルで病気や悩みや生きづらさを抱えている。だから、健康の考え方を変えようという人が出てきた。健康は、「問題に直面したときに、適応し管理する力」、つまり、どんな状況からでも、健康を取り戻すことができるというのだ。私は、かのストレッチャー青年に会うと、「元気ぃ?」と聞く。彼は「元気」と答える。そう。筋ジスでも管理できれば元気でいられるのだ。

HALは健康を取り戻すのを手伝うための医療器具だ。ハル。名前がいい。みんながハルを待っていたのだ。でも、価格が高すぎて、HALを使える幸運な人は極めて限定的。待っている人がたくさんいるというのに。早く、みんなの手元にハルが届きますように。それと、健康を取り戻すための医療研究がもっと進歩しますように。応援しています。


脊髄性筋萎縮症で思うこと

国立精神・神経医療研究センター病院名誉院長 埜中征哉

埜中征哉

今からもう約40年も前、わたしは神経病理学教室のレジデントとしてアメリカに留学しました。神経、とくに筋疾患の研究を目指してウェストバージニア大学を選びました。筋病理で有名なChou教授(封入対筋炎の概念を最初に提案された人)が居られたからです。でもレジデントは毎日のように病理解剖に明け暮れ、本来の目的である研究をする時間もなく失望のどん底にいました。
 何とか研究をするためには留学生としての別のルートから生活費を獲得し、レジデントをやめることしか方法はありません。すると、なんとアメリカ筋ジストロフィー協会が研究生を募集していることを知ったのです。申し込んだらすんなりと受理され、レジデントより高い給料で採用されました。アメリカの筋ジストロフィー協会は年間100億円以上の寄付を集めるお金持ちの協会です。研究ができたのは筋ジストロフィー協会のお陰と感謝しています。
 研究のテーマは脊髄性筋萎縮症の脊髄神経細胞の変性がどこから始まり、筋肉にどのように影響するか、という難しいものでした。結局たいした結論は出ず、脊髄性筋萎縮症では脊髄前角細胞だけでなく、末梢神経も侵されるということを論文にして帰国しました。
 分子遺伝学の進歩はすごいです。原因遺伝子が分かり、なんと難病の中で最も難病といわれていたこの病気の治療が始まろうとしています。治験の段階ではすごく効果があるようです。原理はエクソンスキッピングです。いずれ、どのような機序で薬が効くか、どのような患者さんに有効なのか、詳しくご説明したいと思います。。それも1-2年以内に。というのはその薬は今年中に日本でも認可されそうだからです。
 アメリカに居るときは生活費をアメリカ筋ジストロフィー協会に、日本に帰国してからは研究費は日本筋ジストロフィー協会が強力にバックアップしてくださった研究費(委託費)にお世話になりました。脊髄性筋萎縮症の患者さんの病気の進行が止まり、改善していくのを早く経験したいと思っています。不治の病と言われてきた、病気にも次々と治療法が開発されつつあります。「一日も早く」でなく「一分でも早く」病院解明、治療への道に進み始めた気がします。アメリカ、日本両筋ジストロフィー協会に感謝しつつ。


JMDAの皆様へ

国立病院機構八雲病院 診療部長 石川悠加

石川悠加

ニュージャージーの大学に付属する米国筋ジストロフィー協会(MDA)の専門クリニックを行っているジョン・R・バック(John R. Bach)教授の外来に、MDAの方を見かけることがあります。医師のアドバイスによる医療機器や補助器具の開始や変更に伴い、患者さん・ご家族との相談に入っていました。全米の様々な地域から患者さんは来られているので、地域のMDAとの橋渡しもします。これは、筋ジストロフィーのような希少疾患で、専門医療を活用しながら生活するために、心強いケアシステムにつながることでしょう。
MDAとは方法は異なっても、個々の患者さんとご家族の周囲、地域で専門性の高い情報共有を促進することが重要と考えます。筋ジストロフィーに関連して、それぞれができることの積み重ねを続けていきましょう。