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おわりに

DMDの治療研究の現状をお話ししました。いろいろな取り組みがなされていること、そして、どの方法も実現は必ずしも容易でないことがおわかりだと思います。困難さの一つに、これまで適切なモデル動物が存在しなかったことがあげられます。マウスの実験でうまくいったことを人に応用しても、不成功なことが多々ありました。

ジストロフィンを欠損したモデル動物としては、mdxマウスがあり、病態研究にも頻用されてきましたが、DMDと違って小型である上に、比較的軽症で進行性も目立たず、DMD患者さんで大きな問題になる心筋障害もはっきりしません。そこで私たちはモデル動物として、ジストロフィンが欠損している筋ジストロフィー犬に注目してきました。筋ジストロフィー犬は進行性で心筋障害を含む重症の臨床型を示し、人の症状とよく似ています。

昨年国立精神・神経センター内に筋ジストロフィー犬コロニーが設立されました。目下、私たちは以下の二点について研究しています。ひとつは、これまでお話ししてきたような分子治療が、実際に筋ジストロフィー犬で有効かどうかです。小型の動物であるマウスで効果が見られても、犬や人のような大きな動物でも同様に効果がなければ意味がありません。現在、先程述べたAAVベクターを用いて、遺伝子導入を行っています。また、SP cellを用いた細胞移植治療の計画も立てています。

もう一つは、DMDの心筋障害の研究です。近年、人工呼吸器などの器具の使用によって、DMDの患者さんの寿命は延びてきました。それに伴って、心筋障害によりお亡くなりになる患者さんの数が増えてきています。心筋は骨格筋と同じようにジストロフィンを持っていますが、骨格筋のように筋細胞同士が融合し合うことがないなど、いくつか特別な性質があります。また、DMDやBMDとおなじジストロフィンの異常で、心筋にだけ障害が出る患者さんの存在も知られています。ジストロフィンの異常がどうして心筋障害を生ずるのか明らかになり、さらにその治療法が解明されれば、たくさんのDMD患者さんの命を救うことができるはずです。

治療を実現させるため、私たちをはじめとして世界中のあらゆる研究グループが総力をあげて研究しています。これまでにご説明したように、実現には様々な問題点があること、その問題点にようやく解決の手が伸ばされてきたことがおわかりいただけたかと思います。分子生物学の進歩は、これまでの常識を覆した治療法を編み出す可能性があります。しかし常に変わらないのは、一日でも早く、疾患に苦しむ患者さんを何とか救いたいという私たちの願いです。