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ウイルスベクターを用いた遺伝子治療

まず私たちは、患者さんの筋肉に欠損しているジストロフィン蛋白を作れるようにする治療を検討しています。

DMDの患者さんのジストロフィン遺伝子は正常なジストロフィン蛋白を作れないので、ジストロフィン蛋白が作れるような遺伝子を補充すればよいわけです。問題は、どうやって遺伝子を補充するか(遺伝子導入法)です。たくさんの筋肉に一番効率よく導入するためには、自然界に存在するウイルスを安全なものに改造して使う方法が一般的です。いろいろなウイルスがベクター(遺伝子を核の中に導入するための道具のことをこう呼んでいます)として使われていますが、私たちはアデノ随伴ウイルス(adeno-associated virus AAVと略します)という、人に対して病気を起こさせることのない無害なウイルスをベクターに用いています(図1)。

図1

図1.AAVベクターを用いた筋肉への遺伝子導入(模式図)

ここでは筋肉へのマイクロジストロフィン導入を例として模式化した。導入遺伝子(赤実線)を持つAAVベクターは筋細胞表面の受容体に結合し、細胞内に取り込まれ核に移行する。核で導入遺伝子は翻訳されマイクロジストロフィン(波線)が細胞膜に発現する。AAVベクターの筋細胞膜の受容体はウイルスの血清型で異なり、ヘパリン硫酸やシアル酸などの細胞表面蛋白であると考えられている。 

AAVは、通常のウイルスで生ずる染色体への組み込みがほとんどないこと(これは、組み込まれた遺伝子が他の正常な機能を損なったり、癌や白血病を起こしたり、あるいは不必要に子孫に遺伝する危険がないと言うことです)と、効果が持続することで、DMDをはじめとしたさまざまな疾患への実用化が期待されています。

しかしDMDへの治療として実用化するにはいくつか問題がありました。一つは、ジストロフィン遺伝子全部を運べないという問題です。ジストロフィン遺伝子は全長が14Kbという長さなのですが、AAVが運べる大きさは4.7Kbまでです(kbというのは遺伝子の長さを表す単位です。遺伝子配列を決める核酸の一対を1bp,1000bpで1kbと言います)。AAVに限らず、ジストロフィン遺伝子の全長をベクターに運ばせる(組み込む、と言います)のは大きすぎて大変むずかしいのです。

そこで、私たちはジストロフィン遺伝子の、必要不可欠な部分だけを使うことを世界で初めて考えつきました。ジストロフィン遺伝子の頭側(5'側;翻訳が始まる部分)としっぽ側は重要な機能があることがわかっているため、真ん中の部分を削らなくてはいけません。

真ん中の部分のうち、あまり重要でない場所はどこかと考えた際、あるBecker型筋ジストロフィー(BMD)の患者さんのジストロフィン遺伝子がヒントになりました。BMDは、DMDのように全くジストロフィンが出来ないわけではなく、不完全なジストロフィン蛋白が出来ています。

詳細は、埜中先生のページを参考にしましょう。
http://www.ncnp.go.jp/hospital(外部のサイトを開きます)

BMDの患者さんで、症状がほとんど目立たないのにジストロフィン遺伝子の真ん中の部分が大きく欠けている人が発見されたのです。その患者さんのジストロフィン遺伝子は、正常では14Kbの正常ジストロフィンに対して、6.4Kbという長さであることがわかりました。つまり、この患者さんが持っていた短いジストロフィン蛋白はほぼ正常な機能が残っていたのです。この6.4Kbの、"ミニジストロフィン"遺伝子さえ導入できれば、DMDの重い症状からは免れられるはずだと私たちは考えました。

しかし、ベクターに組み込むにはこの遺伝子でも大きすぎたので、さらに真ん中や端を削って、4.7Kb以下の短縮型ジストロフィン(以下“マイクロジストロフィン”と呼びます)をつくりました(図2)。

図2

図2.デュシェンヌ型筋ジストロフィーの遺伝子治療に用いられる遺伝子の構造

全長型ジストロフィン遺伝子は14kbと長大であり、ごく軽症のBecker型筋ジストロフィーから見出されたミニジストロフィン遺伝子にしても6.4kbある。私たちはジストロフィン遺伝子のうちアクチン結合部位、システインリッチドメイン、C末端を保ったまま、中央のロッドドメインを短縮し、アデノ随伴ウイルス(AAV)ベクターに導入可能な4.7kb以下のマイクロジストロフィン遺伝子(CS1,AX11,M3)を作製した。一方、ユートロフィンはジストロフィンと構造が類似しており、ジストロフィンの代替品として、薬物療法に用いることが出来ると期待されている。

ここまで短くしたマイクロジストロフィンが実際に治療効果を持つのかどうか、確認する必要があります。そこで、DMDのモデルとなるマウスにマイクロジストロフィンを導入して強制発現させました(このように、遺伝子を強制発現させたマウスをトランスジェニックマウスと呼んでいます)。

このモデルは、全身の筋肉にくまなく大量にウイルスベクターで遺伝子導入したのと同じ効果を示すはずです。すると、マイクロジストロフィンを強制発現させたマウスでは、筋肉の変性像、筋肉の強さ、および筋肉の崩壊の指標であるCK(クレアチンキナーゼ)の値が、正常のマウスと差が見られなくなるまで改善していました(図3)。

図3

図3.マイクロジストロフィン遺伝子によるmdxマウスの症状改善

マイクロジストロフィン遺伝子(CS1,AX11,M3)(図1参照)について、トランスジェニックマウスを作成した。更に、同トランスジェニックマウスをジストロフィンを持たないmdxマウスと交配して、全長型ジストロフィンが全くない状態で、筋ジストロフィーの表現型を検討した(上段)。3.7kbのM3、4.4kbのAX11では筋ジストロフィー症状の改善効果はみられなかったが、4.9kbのCS1では著明に改善していた。筋ジストロフィーによる変性によって生ずる中心核線維の頻度を指標とする検討(下段)でも、CS1を導入したトランスジェニックマウスでは、mdxマウスに比べて有意に減少し、コントロールの正常マウス(C57BL/10)とは差がなかった。

これは、もしベクターを効率よく全身の筋肉に遺伝子を導入できれば、導入された細胞は正常に近い機能をもつ可能性を示したものです。さらに、ジストロフィン蛋白の大切な機能である、他の様々な結合蛋白との結合も確認できました。今、私たちは作成したマイクロジストロフィンをAAVベクターに組み込んで、筋肉内注射でどの程度の症状の改善が見られるかを観察しています。