筋肉再生の報道について
筋肉再生の報道について

 去る2002年9月24日(火)のNHK(テレビ・ラジオ)で放送されました、千葉大学の遠藤先生グループによる筋肉の再生については、「夢の扉」などでも多くのお問い合わせを頂いております。
この情報の詳細につきまして、帝京大学医学部神経内科教授 清水輝夫先生(筋ジス研究班・清水班班長)にご執筆頂きました。
       (「一日も早く」212号に掲載)


2002/10/02
2002/12/12更新

筋細胞の再生について

筋ジス研究班班長 清水輝夫

 収縮するはたらきをもつようになった骨格筋の細胞は分裂しないとこれまで考えられていた。しかし特定の遺伝子を導入することによって、筋細胞が再び分裂し、分裂した細胞はやがて骨格筋として再生することが明らかにされた。この研究は千葉大学理学部の遠藤剛(えんどうたけし)助教授のグループによって進められている。この研究は、事故などによる筋損傷の再生治療だけでなく、遺伝子の異常によってもたらされる筋ジストロフィーをはじめとした筋疾患の再生治療にも応用できるものとして注目されている。
 骨格筋は、胎児の時期そして生まれて成長する過程で、未分化な細胞が分裂して数を増した後に、細胞同士が融合して大きな長い細胞に分化することによりつくられる。分化した細胞は次に成熟して、収縮するはたらきをもった筋細胞ができあがる。成熟した筋細胞は、その中に収縮をになう微細な構造がぎっしりつまっているために、収縮できるわけである。このような分化した筋細胞や成熟した筋細胞は、もはや分裂しないと考えられていた。
 一方、骨格筋に損傷が起きた場合には、その骨格筋を修復するために再生が起こる。この再生には、成熟筋細胞のかたわらで分裂せずに寄り添うようにして存在している未分化な衛星細胞が、中心的な役割を果たす。すなわち筋細胞の損傷などにより、衛星細胞が活動状態になり分裂して数を増す。分裂した細胞同士は分化して融合し、さらに成熟することにより、もとのように骨格筋を再生する。しかし衛星細胞はある程度までしか分裂しないため、損傷した箇所が大きい場合には、再生はある程度までは起きても、損傷箇所すべてを修復するには至らない。
 遠藤助教授らは1989 年に、あるウイルスのlarge T(ラージ・ティー)抗原という遺伝子を、分化した筋細胞に入れてはたらかせることにより、それまで分裂しないと考えられていた筋細胞が分裂することをはじめて明らかにした。最近、米国のグループによっても、もともと細胞の中にあるMsx1(エム・エス・エックス・ワン)という遺伝子を、分化した筋細胞に入れてはたらかせることにより、同じように細胞が分裂することが示された。ただしこれらの実験は、マウスの骨格筋から取り出して培養した筋細胞を用いて行なったものである。そのため体内にある収縮するはたらきをもつ成熟筋細胞が分裂するかどうかは、依然として不明であった。
 今回、遠藤助教授のグループは、Msx1遺伝子がイモリの手足の再生にもかかわっていることに着目し、この遺伝子をマウスの骨格筋に注入して観察した。すると3日後には成熟筋細胞が分裂を始め、その後も細胞は分裂を繰り返して、いちじるしく数を増した。これにより、体内の成熟筋細胞も分裂することがはじめて明らかにされた。やがてこれらの細胞は分裂を止めて、筋細胞に分化し成熟することにより、骨格筋を再生した。
 Msx1遺伝子の注入により成熟筋細胞から分裂して生じる細胞は、衛星細胞と比べてはるかに数が多いため、これらの細胞を体内から取り出して集めることも容易である。取り出した細胞を培養して、さらに数を増やして保存しておくこともできるであろう。必要に応じてこれらの細胞を、大きな筋損傷の箇所に移植することにより、再生治療に用いることができると考えられる。しかもそればかりでなく、取り出した細胞に特定の遺伝子を組み込み、その細胞を骨格筋に移植することにより、遺伝子の異常によって起こる筋ジストロフィーをはじめとした筋疾患の治療にも応用することができるであろう。しかも細胞を取り出した本人に、この細胞を移植すれば、拒絶反応も起こらない。したがってこの方法はまさに、骨格筋の再生治療に幅広く用いることが期待できる画期的な方法といえよう。


前のページへ戻る