骨髄の間質細胞から大量の(筋)幹細胞作成に成功
筋ジストロフィー治療研究に新たな1ページ

 京都大学医学部の出沢先生達のグループが、骨髄間質細胞を筋肉の細胞にして、大量培養することに成功し、その結果がサイエンス(2005年7月8日号)に発表されました。その研究にどのような意味があるのか、解説してみます。

(日本筋ジストロフィー協会顧問 埜中征哉)   2005/07/22


骨格筋は再生する。それは筋ジストロフィーでも例外でない。

 骨格筋は傷をうけても、すぐに再生します。動物実験では筋肉を薬などで壊しても、4週間くらいでほぼ完全に元に戻ります。それほど、筋肉は強い再生能力をもっているのです。わたしが学生の頃は、筋ジストロフィーでは再生がない。だから、筋肉の力が落ちるのだと教えられました。しかし、その後の研究で筋ジストロフィーでも筋肉は活発に再生していることが分かっています。筋ジストロフィー(mdx)マウスでは、筋肉がいくら壊れても、再生が活発なので筋肉の力は衰えません。では、どうして、活発な再生があるのに人の筋ジストロフィーでは病気が進行するのでしょうか。それは再生が筋肉の壊れるスピードに追いついて行けないからです。再生を活発にすれば、筋ジストロフィーの進行は抑えられるはずです。再生医学の重要性がお分かりいただけると思います。

筋肉の再生には筋衛星細胞が重要な働きをする。
 筋肉の細胞の中に、小さな細胞がひっそりと眠っています。それを筋衛星細胞といいます。普段は何の働きもしていないと考えられています。筋肉に傷がついて壊れると、筋衛星細胞はすぐに目覚めて、分裂をくりかえし、その数を増やします。増えた細胞はお互いに融合して、傷ついた場所を修復するのです。筋衛星細胞がなければ、筋肉は完全に再生しません。心臓の筋肉には筋衛星細胞がありません。ですから、心臓の筋肉はほとんど再生しないのです。

骨髄にも筋肉になる細胞が存在する。

 筋肉を再生させる細胞は筋衛星細胞のみだと、長く考えられてきました。ところが1998年、Ferrariという人たちが、骨髄の中にも筋肉になる細胞(幹細胞)があると発表しました。骨髄は赤血球、白血球、血小板など、血液の細胞を作る場所で、他の細胞は作らないと考えられていたのです(ただ、心臓の筋細胞に分化できる幹細胞があることは以前からしられていて、研究が進められ、人への治療応用が開始されています)。
さらにびっくりしたことは、この骨髄由来の筋幹細胞は血液の中をまわっていて、筋肉が壊れると、壊れた場所に入り込む。そして、筋肉の再生時に筋衛星細胞と一緒に傷を治すのを助けているということが明らかにされたのです。そこで、骨髄細胞を使用した治療が筋ジストロフィーの再生治療にもっとも理想的な方法だと、一気に注目を集めることになったのです。それは次のような理由からです。

骨髄由来の筋幹細胞は静脈注射が可能。全身治療ができる。
 骨髄から筋肉になる幹細胞をセルソーターという方法で分離することができます。次に、採取した幹細胞を試験管の中で遺伝子治療をします。たとえばデュシェンヌ型であれば、正常なジストロフィン遺伝子を幹細胞に組み込みます。そして、その(遺伝子治療をした)細胞を培養して、数を増やします。その細胞は血液の中を通りますので、静脈注射が可能です。
遺伝子治療をして培養で増やした細胞を患者さんの静脈に注射します。この幹細胞はもともと患者さんの骨髄から採ったものですから拒絶反応はありません。さらに、静脈注射ですから、全身に行き渡ります。理想的な治療法だと一気に注目を集め、人体への応用も間近だと考えられたのです。

骨髄からの筋幹細胞は数が少なく、培養が困難。
 ただ、研究をすすめると、問題も出てきました。この幹細胞は採れる数が限られていて、さらに培養が難しいのです。幹細胞を動物の静脈に注射しても、筋肉細胞の1%以下しか治療ができません。少なくとも10%から20%以上の筋細胞を治療できないと、臨床的には効果が期待できないと考えられています。また試験管の中での遺伝子治療なので、それは簡単だと最初に考えられたのですが、実際には幹細胞に遺伝子治療することはそれほど簡単でないこともわかってきて、研究はやや遅れがちになっていました。

骨髄間質細胞から大量の筋幹細胞の採取が可能に(京都大学)。
 上のような問題を一気に解決できるような方法が京都大学の出沢先生達のグループで開発されたのです。骨髄は血液になる細胞を主に作っています(造血組織といいます)。さらに、さきほどお話したように、筋肉になる幹細胞や、心筋になる幹細胞も作っています。骨髄の中にはいろいろな細胞を作ったり、それを留めておくような組織があります。それが間質組織です。間質組織は量も多く、採取するのも簡単です。この間質組織を採ってきて、間質細胞にノッチ1という遺伝子を導入します。このノッチ1という遺伝子は未分化な幹細胞に働いて細胞を分化させる遺伝子です。このノッチ1遺伝子が導入された間質細胞は、試験管の中で筋幹細胞前駆細胞になって、どんどん増殖し、細長い筋肉細胞をつくることが明らかにされたのです。さらにこの培養した骨髄間質からの幹細胞を静脈注射したマウスでは、数多くの骨格筋細胞の再生を助けていることが明らかにされました。ただ、論文には何%の再生筋細胞が骨髄間質細胞によるものかは記されていません(どこまで効率よいのかが分かりません)。

今後の見通し
 骨髄由来の細胞が、筋肉の再生に関与していることは間違いありません。京都大学で見つけられた間質細胞は数も多く、どんどん増殖するので、将来の再生治療、遺伝子治療に明るい見通しをつけてくれました。ただ、筋ジストロフィー患者さんの骨格筋の再生に、骨髄由来の細胞がどこまで関与しているのか、それが分かっていません。もしあまり関与していなければ、本来筋肉にある筋衛星細胞の働きを抑えて(放射線照射など)、骨髄由来の細胞の導入率を高める必要があります。今回はヌードmdxマウスに注射して、かなりよい結果を得ているので、あまり心配ないのかもしれません。いずれにしても、マウスだけでなく、筋ジストロフィー犬などを使用したきめの細かい実験が必要でしょう。
もう一つの問題点は、この治療には試験管内で遺伝子治療をすることが大前提です。それは、理論的には簡単なのですが、実際はなかなか成功していません。でも、この問題は近い将来に解決がつくでしょう。
骨髄からの幹細胞治療は、患者さん自身の骨髄細胞を使用するので、倫理的な問題がない、拒絶反応がない、全身治療ができるなど、多くの利点があります。今後この領域での研究はますます進むでしょう。大いに期待していきたいと思います。

お礼
 私の拙文に、国立精神・神経センター神経研究所遺伝子治療研究部部長、武田伸一先生のご校閲をいただきました。武田先生も今回の京都の研究に協力された方です。骨髄細胞の研究に長く携わっておられます。犬の筋ジストロフィー研究の第一人者です。武田先生にお願いです。大好きな犬を治療して、そして人へと発展させてください。


前のページへ戻る