V.神経原性筋疾患(neurogenic muscular atrophies)
筋肉はそれを支配する神経に異常があっても、筋力低下、筋萎縮がきます。脳の病気でも、麻痺などに伴って筋萎縮がみられます。 しかし中枢神経に異常がある病気ではタイプ2(白筋)線維の萎縮のみでリハビリテーションなどにより、回復する可能性が残されています。
筋力低下と筋萎縮がきて、病理学的に明らかな変化がくるのは二次ニューロン(脊髄前角にある運動神経細胞:motor neuron、脊髄前根、末梢神経)に異常がきた場合です。脊髄前角細胞の病気はポリオ(poliomyelitis)など一部の疾患を除いて遺伝性です。 末梢神経の病気は遺伝性のものもありますし、中毒、炎症、糖尿病や腎不全など原因はいろいろです。ここでは遺伝性の脊髄前角細胞の病気についてご紹介します。
1.脊髄性筋萎縮症(spinal muscular atrophy:SMA)
発症時期と症状により3型に分類されています。いずれも第5染色体長腕に遺伝子座があります。責任遺伝子としてSMN (survival motor neuron) とNAIP (neuronal apoptosis inhibitory protein)の2つが候補にあがっていますが、SMN遺伝子の方が病気とは直接関係あると考えられています。 脊髄性筋萎縮症の患者さんの90%以上ではSMN遺伝子のエクソン7,8が欠失しています。一方NAIP遺伝子は重症型では変異がある比率が高いのですが、それでも40%前後です。 病気の診断にはSMN遺伝子の変異の方が信頼性が高いことになります。事実、SMN遺伝子のノックアウトマウスでは脊髄性筋萎縮症が起こっています。
脊髄性筋萎縮症についての詳しい記載は SMA(脊髄性筋萎縮症)家族の会 ホームページ内の 「SMA(脊髄性筋萎縮症)とは」をご覧ください。
☆乳児脊髄性筋萎縮症(spinal muscular atrophy 1:SMA1、ウェルドニッヒ・ホフマン病: Werdnig-Hoffmann病)
WerdnigとHoffmannという人がほとんど同時に発表しています。本来この二人の論文の患者さんはつぎの中間型に相当しています。 しかし習慣的にウェルドニッヒ・ホフマン病というと重症であるSMA1型をさすことが多いのです。
母親の1/3 は胎動が弱かったといいますので、胎内での発症が推定されます。生下時、あるいは乳児期早期から筋力低下、筋緊張低下が著明です。 とくに筋緊張低下が強く、フロッピーインファントで発達の遅れも目立ちます。筋肉をさわると、筋肉はまるでマシュマロのように柔らかです。 顔の筋肉はしっかりしていますから、表情は正常です(図40)。舌に細かいふるえ(線維束性収縮:fasciculation)があります。腱反射は消失します。
手足の筋肉は軟らかく、ほとんど動きがない。
顔面筋は侵されないので、泣いたり笑ったりの表情は豊かである。図40:ウェルドニッヒ・ホフマン病
横隔膜は比較的侵されず、肋間筋は強く侵されます。そのために吸気時には胸郭が陥没して腹部が膨隆し、呼気時には逆となるシーソー呼吸(奇異呼吸:paradoxical breathing)がみられます。呼吸筋が侵されるため、70−80%は1歳までに死の転帰をとります。1歳位になると手の細かいふるえが認められます。
遺伝子診断が可能になって、筋生検はほとんど行われません。筋病理では萎縮線維が大きな群をなして存在する(大群萎縮:large groups of atrophic fibers)のが特徴的です。非萎縮ないし肥大線維はタイプ1線維です。また筋内の末梢神経も早くから髄鞘を失います。
☆中間型(spinal muscular atrophy 2: SMA 2、intermediate form)
SMA 1に比べると軽症でお座りまでできます。発症は生後数ヶ月で、発達の遅れと筋緊張低下があります(図41)。呼吸筋も侵されますが著明ではありません。 進行は人によって異なります。中には進行が停止していて、成人まで症状があまり変わらない人もいます。
脊髄性筋萎縮症は筋緊張低下が著明であって、それは中間型でも例外ではない。
踵が耳についたり、写真のように身体がやわらかい(二つ折れ現象:double foldingという)。図41:脊髄性筋萎縮症中間型
筋生検では、大群萎縮はありますが程度は軽いです。また脱神経後の神経再支配の像である筋線維タイプ群化(fiber type grouping)がみられます。
☆クーゲルベルグ・ベランダー病(spinal muscular atrophy 3: SMA 3、Kugelberg-Welander disease)
発症時期は小児期から思春期までと幅があります。近位筋優位の筋力低下がありますが歩行は可能です。 肢帯型筋ジストロフィーとよく似ていますが、筋緊張は低下しています。病気の進行は人によっていろいろです。
血清CK値は正常か軽度上昇です。筋電図で神経原性の所見がみられることが診断的です。
2.球脊髄性筋萎縮症(bulbospinal muscular atrophy、Kennedy-Alter-Sung disease)
X連鎖(性染色体)劣性遺伝をとるので、男性のみが病気となります。病理学的には延髄や脊髄前角細胞の脱落、知覚神経をも含む末梢神経の脱髄があり、さらに睾丸萎縮があります。筋肉は典型的な神経原性萎縮をみます。
遺伝子はクローニングされていて、アンドロジェン受容体の遺伝子にCAGの3塩基繰り返しの増大がみられます。筋強直性ジストロフィーもCTG の3塩基繰り返しの増大が病気と関係していることを述べました。ハンチントン病、歯状核赤核淡蒼球ルイ体萎縮(dentato-rubro-pallido-luysian atrophy: DRPLA)、脊髄小脳変性症などいくつかの病気で3塩基繰り返しの増大が病気と関係あることがしられています。それらは3塩基繰り返し病(triplet-repeat disease)と総称されていて、球脊髄性筋萎縮症を除いては常染色体優性遺伝をとります。
球脊髄性筋萎縮症は成人になって発症します。近位筋優位の筋力低下と萎縮、筋束性攣縮、振戦がみられます。物が飲み込みにくいなどの球麻痺症状があります。特異的なのは女性化乳房があることです(図42)。症状の進行は緩徐です。
球脊髄性筋萎縮症では性ホルモンの異常があり、男性でも乳房が顕著となる(女性化乳房)のが診断的異常である。 図42:女性化乳房
3.筋萎縮性側索硬化症(amyotrophic lateral sclerosis)
原因不明の神経変性疾患です。ある特定の地域に多発するので金属(鉛、水銀、カルシウムなど)が発症に関係するのではないかと考えられていますが、まだ確証は得られていません。この病気の一部(5−10%)は常染色体優性遺伝をとります。遺伝子座は第21染色体長腕(21q22)にあってCu/Zn超酸化物不均化酵素(superoxide dismutase:SOD)遺伝子に変異がみられています。この酵素の働きは細胞内に発生し、細胞毒をもつスーパーオキシド(酸素分子O2に一個の電子が負荷されO2-となる)を消去するものです。神経細胞内に毒性物質が溜まるので、神経細胞の変性を来すのでしょう。遺伝性でない、多くの特発性のものも多分同じ病態があると考えられ、SODの研究が進んでいます。
大半は50歳以上で(平均65歳)で発症し、1−5年の経過で呼吸不全となります。筋力低下、筋萎縮は手から始まることが多く、物をにぎる力が弱くなったなどで気付かれます。舌や咽頭筋が強く侵されることもあり、そのときは物の飲み込みが悪くなります。全身の筋力低下が進み、手足に筋束性攣縮(fasciculation)をみます。
検査上は筋電図で神経原性変化をみる以外特別な診断的所見はありません。筋生検では萎縮した筋線維が束になっている群集萎縮(group atrophy)の像をみます。筋内の末梢神経もその髄鞘が脱落しています。神経病理学的には脊髄の外側にある側束(錐体路が走っています)の脱髄と脊髄前角細胞の脱落があります。治療法としてリルゾール(リルテック)が試みられていますが、まだ進行を止めるところまではいっていません。神経成長因子などが将来病気に有効となるだろうと、研究が進んでいます。
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