筋疾患児の子育て Q&A
【医学】
Q1:筋疾患とはどのような病気ですか?
A:筋肉は頭のてっぺんから足の先まで存在する体の中で一番大きな臓器です。この筋肉は頑丈で滅多に病気にはなりません。筋肉は歩いたり、体を動かしたり、呼吸をしたり、ものを食べたり、など多くの働きをしています。めったに病気にはならないけれど、一度病気になると体が動きにくくなるので大変です。
 筋肉の病気(筋疾患)の多くは遺伝子の病気です。その中で一番多いのは筋ジストロフィーです。筋ジストロフィーについては、このQ&A集で詳しく述べられますのでそれ以外の病気についてお話したいと思います。
 筋疾患は筋肉を支配する神経に原因があるもの(神経原性)、と筋肉細胞そのものに原因があるもの(筋原性)に分けられます。子どもの代表的な筋疾患を表にしました。

表:子どもの主な筋疾患
1)神経原性筋疾患 2)筋原性筋疾患
 A.脊椎性筋萎縮症  A.筋ジストロフィー
  ウェルドニッヒ・ホフマン病   デュシェンヌ型など
  中間型  B.先天性ミオパチー
  クーゲルベルグ・ベランダー病   ネマリンミオパチー
 B.先天性ミエリン形成不全   セントラルコア病
 C.家族性末梢神経変性疾患   ミオチュプラーミオパチー
    先天性筋繊維タイプ不均等症
   C.先天性筋強直性ジストロフィー
   D.代謝性ミオパチー
    ミトコンドリア病
    糖原病
   E.多発筋炎

 神経原性疾患の代表的なものは脊髄性筋萎縮症です。脊髄性筋萎縮症は常染色体劣性遺伝をとり、重症型、中間型、軽症型に分けられています。この病気で一番重症なのはウェルドニッヒ・ホフマン病とよばれ、全身の筋力低下と筋緊張低下があります。お座りもできず、呼吸筋が弱いために、呼吸困難になったり肺炎を繰り返します。中間型ではお座りはできます。また病気の進行は比較的ゆっくりとしています。軽症型はクーゲルベルグ・ベランダー病ともよばれ、歩行が可能です。進行も遅く、比較的予後がよい病気です。脊髄性筋萎縮症に関してはホームページ(http://www5a.biglobe.ne.jp/~sma―HP/)でごらんになることができます。
 子どもの筋疾患で筋ジストロフィーの次に多いのは、先天性ミオパチーという病気です。ミオパチーとは筋肉の病気という意味で日本語では筋症と訳されています。先天性ミオパチーは乳児期から発達の遅れがあり、首のすわり、お座り、歩行開始が遅れます。また顔の筋肉も弱いので、細長い顔で、口をあけていることが多いのです。歩き始めた後も筋肉の力は弱く、走るのは遅く、鉄棒にもぶら下がれません。ただ筋力低下はほとんど進行しないか、進行してもゆっくりです。中には赤ちゃんの時から強い呼吸障害、嚥下障害があり、人工呼吸器を必要とする重症型もあります。
 先天性ミオパチーはネマリンミオパチー、セントラルコア病などいくつかの病気に分けられています。筋生検をして、筋肉を顕微鏡でみて診断します。ネマとはギリシャ語で糸状という意味です。筋細胞の中に糸くずのような物質がたまっているので糸くずよう筋症(ネマリンミオパチー)と名付けられたのです。ほかのセントラルコア病やミオチュブラーミオパチーも同じです。顕微鏡でみた組織の特徴で名前が付けられたのです。でも、症状はみんなよく似ています。

 筋疾患の原因や症状など詳しいことは筋ジストロフィー協会や国立精神・神経センターのホームページの最新医学情報、「筋疾患のいろいろ」(http://www.ncnp.go.jp/hospital/news/kintop.html)でご覧になることができます。

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Q2:筋ジストロフィーとはどんな病気ですか?
A:筋ジストロフィーとは「筋線維(細胞)の変性・壊死を主病変とし、進行性の筋力低下をみる遺伝子疾患である」と定義されています。
 筋細胞の変性・壊死とはどのようなことなのでしょうか。それは、筋細胞がこわれて細胞の中の物質が溶けたような状態になることです。ですから、こわれた筋細胞は縮んだり伸びたりできません。最初は沢山ある筋細胞の中のごく一部の細胞だけがこわれるのですが、長い間にはほとんど全ての筋細胞が一度はこわれることになります。筋細胞がこわれるので、筋肉の力は弱まっていきます。
 筋細胞はなぜこわれるのでしょうか。こわれる原因はいろいろあります。筋ジストロフィーで最も多いデュシェンヌ型やベッカー型では筋細胞の膜が弱く、膜がちぎれてシャボン玉のようにこわれるといわれています。デュシェンヌ型やベッカー型で細胞膜が弱いのは、膜の裏側にあるジストロフィンという蛋白が欠損しているからです。ジストロフィンは膜の裏側に編み目のように存在して、膜をしっかりと固定しています。 筋ジストロフィーの中には酵素がないために筋細胞がこわれる病気や、よく原因が分からない病気がまだ多くあります。筋ジストロフィーの原因が次々と明らかにされつつあるのは分子生物学の進歩によるところが大きいのです。
 筋肉にはとても強い再生能力があります。筋肉を強く叩いたり、蛇の毒を注射したりすると筋細胞はこわれます。でもラットを使った実験では、筋細胞はこわれても2―3週間で完全に元の状態に復帰するのです。筋ジストロフィーでも例外ではありません。
 筋ジストロフィーでも活発な再生があるのに、どうして病気が進行するのでしょうか。それは筋細胞がこわれても、それを補うだけの再生が追いつかないからです。マウスにも筋ジストロフィーがあり、ヒトと同じ原因(ジストロフィンの欠損)で筋細胞がこわれます。でも正常のマウスと見かけも、動きも同じです。それは、このマウスでは再生が完璧で筋細胞がこわれても、すぐに元通りにしてしまうからです。筋ジストロフィーの治療、それは遺伝子治療と再生治療が鍵を握っているといわれるのはそのためです。
 筋細胞が無くなった場所は、結合組織や脂肪で置き換えられます。結合組織は筋肉より硬い組織で、ほとんど伸び縮みしません。ですから病気が進行すると関節が伸びなくなったり、背骨がまがったりするようになります。結合組織が増えないように、また関節が固くならないように早めのリハビリテーションが必要です。筋ジストロフィーの筋組織がどのようになっているか、図で示しました。
図1説明
正常(C)と筋ジストロフィー(D)の筋病理
筋ジストロフィーでは、筋細胞(線維)の大小不同が強く、こわれた細胞や再生途上の細胞が存在します。

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Q3:筋ジストロフィーにはどのようなタイプの病気があるのですか?
A:筋ジストロフィーは遺伝子の異常(変異)による病気です。遺伝子に異常があるというと、それはすぐ遺伝し、子どもに筋ジストロフィーがでると考えられがちです。しかし、筋ジストロフィーの中で、次の世代に遺伝する病気は意外と少ないのです。自分と関係する病気の診断名が何か、その病気がどのように遺伝するか、それをきちんと知ることが大切です。素人判断で、筋ジストロフィーは遺伝する、だから結婚は出来ない、子どもは病気になると考えることは危険です。多くの場合は心配ないのです。
 筋ジストロフィーには多くの種類があります。最近の分子生物学の進歩により病気の分類は複雑となりました。肢帯型筋ジストロフィーでは少なくとも14種類もの病気があることが分かっています。先天性筋ジストロフィーも福山型を含めて多くの病気で、その原因がわかっています。数多くの種類の筋疾患が分かっていますが、臨床的には別表の病気にまとめられます。

表:主な筋ジストロフィー
  遺伝子座 遺伝子産物 頻度*
1)X連鎖劣性遺伝      
 a.デュシェンヌ型 Xp21 ジストロフィン 36%
 b.ベッカー型 Xp21 ジストロフィン 20
 c.エメリ・ドレフェス型 Xp28 エメリン 1
2)常染色体劣性遺伝      
 a.肢体型     18
 b.先天性      
  福山型 9q31 フクチン 12
  非福山型     6
 c.遠位型(三好) 2p13 ジススフェルリン 2
3)常染色体優性遺伝      
 a.顔面肩甲上腕型 4q-ter   4
 b.肢帯型     0.5
 c.眼・咽頭型 14q11.2-q13 PABPN1**  0.5

*国立精神・神経センターDNA診断・治療室での検査頻度(筋ジストロフィー1,420例からの分析)
**Poly(A) binding protein nuclear 1

 筋ジストロフィーの中で一番多い病気はデュシェンヌ型とベッカー型です。筋ジストロフィーの約半分はこの2つの病気が占めます。その他先天型、肢帯型が多くみられます。
 デュシェンヌ型はX連鎖(性染色体)劣性遺伝をとります。母親から男の子へと遺伝する病気で、色盲や血友病も同じ遺伝形式をとります。しかしデュシェンヌ型では遺伝子が大きいので、子どもの遺伝子に突然変異を来しやすいのです。その場合は母親は遺伝子変異をもっていません。約1/3は突然変異だといわれています。デュシェンヌ型の患者さんは人口10万人あたり3〜5人、男児出生2,000人〜3,000人に1人の頻度です。3歳前後で、走るのが遅い、転びやすい、階段の昇降に手すりがいるなど、歩行に関する異常で気付かれます。最近では血液検査でクレアチンキナーゼ(CKとかCPKなどと略されます)が高いので、それが偶然に見つかって診断にいたることもあります。この病気の方はふくらはぎが異常に太い(仮性肥大といいます)のも特徴とされています。筋力低下は少しずつ進行して、10歳前後で車いす生活となります。呼吸筋も侵されるので、15歳から20歳の間に人工呼吸器を必要とします。また心臓が侵される方もいるので、定期的な検査をして、早めに治療することが大切です。医学的な管理が進んだ結果、平均寿命は大幅に伸び40歳以上生存する方も報告されています。
 ベッカー型はデュシェンヌ型と同じ遺伝子の異常で起こる病気ですが、症状は軽く、15歳を過ぎても歩行が可能です。中には50歳を過ぎてもほとんど症状がないような軽い人もいます。この病気は激しい運動をすると筋痛を来しやすいので、筋痛のため病院を訪れて診断されることもあります。
 先天型筋ジストロフィーで最も多いのは福山型です。この病気は今のところ、日本人だけに限られています。筋肉の力が弱いことと、知的な面でも遅れがあることが特徴的です。筋肉の力が弱いので、赤ちゃんの時の発達が遅く、首がなかなかすわりません。多くの方は2歳頃までにお座りまで出来るようになります。しかし歩ける人はごくまれです。

 筋疾患の原因や症状など細かいことは筋ジストロフィー協会や国立精神・神経センターのホームページの最新医学情報、「筋疾患のいろいろ」(http://www.ncnp.go.jp/hospital/news/kintop.html)でご覧になることができます。(埜中征哉)

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Q4:筋ジストロフィーの根本的治療はありますか?
A:残念ながら現時点ではどの型の筋ジストロフィーにも根本的治療法はありません。しかし、筋ジストロフィー研究は飛躍的に発展してきており、筋ジストロフィーの根本的治療が発見される日も遠くない将来であると思います。
 私が筋ジストロフィーの研究を始めたときには、現在わかっているような遺伝子異常は全く未知の状態にとどまっていました。1980年代後半からは、筋ジストロフィー各型の遺伝子異常が次々に発見されるようになりました。そして遺伝子の作るタンパク質の機能も次々に解明されつつあります。ご存じのようにデュシェンヌ型筋ジストロフィーやべッカー型筋ジストロフィーの原因遺伝子はジストロフィン遺伝子といいます。この遺伝子が作るタンパク質にはジストロフィンという名前が付いていますが、このタンパク質の機能は筋肉の細胞膜の内側に存在して膜の構造を補強する働きをしていると考えられています。このタンパク質が無いとデュシェンヌ型筋ジストロフィーに、このタンパク質の構造が異常だとべッカー型筋ジストロフィーになります。正常なジストロフィンを飲み薬にしたり、注射薬にして患者さんに投与しても筋肉の細胞膜を通過できませんので治療ができないのです。
 根本的な治療法としては現在2つの方法が有望と考えられて、世界中の研究者が挑戦を続けているところです。一つはいうまでもなく遺伝子治療、もう一つは再生治療といわれる治療です。以下にこの2つを説明します。

1.遺伝子治療
 遺伝子が異常でタンパク質が作れない、あるいは異常なタンパク質を作ってしまうので、正常な遺伝子を入れてあげれば完全なタンパク質を作らせて病気を治すのが遺伝子治療です。現在考えられているのは正常な遺伝子をアデノウィルスのDNAに組み込み、それを筋肉に注射して正常なタンパク質を作らせようという方法です。デュシェンヌ型筋ジストロフィーを引き起こすジストロフィン遺伝子は大変大きすぎてアデノウィルスDNAの中には入りきらないというのが一つの悩みです。アメリカでは数年前にサルコグリカン欠損症(肢帯型筋ジストロフィーの一種)の患者さんで遺伝子治療が試みられました。従って、筋ジストロフィーでは遺伝子治療が全くの夢物語なのではありません。ヨーロッパではウィルスではなくプラスミドを運び手としてジストロフィン遺伝子を患者にいれて治療しようという試みがごく近い将来に行われるという学会発表もありました。遺伝子治療が可能となる吉報が聞かれる日も近いかもしれません。

2.再生治療
 第2の方法はES細胞(胚性幹細胞)から筋肉細胞を作成し患者に移植しようという方法で再生治療などとも呼ばれます。ES細胞は体外受精し分裂を始めた胚の胎盤胞というところから採取するか、または胎児の生殖細胞から採取できます。この細胞には2つの驚くべき性質が有ります。一つは適当な環境では不老という性質です(私たちの細胞には時計が組み込まれていてある程度の回数分裂すると、それ以上は分裂できず死んでしまうのです。)、もう一つは適当な環境では体の細胞のすべてになれるという性質です。適当な環境のもとに筋肉細胞を作り移植すれば、どの型の筋ジストロフィーにも使える夢の治療法ですし、遺伝子操作によりこの細胞に自分の遺伝子を組み込めば拒絶反応も抑えられるかもしれません。ただしこの遺伝子操作はクローンの技術となり、現在のところでは研究が許されていません。

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Q5:筋ジストロフィーの進行を遅らせる方法はありますか?
A:筋ジストロフィーには根本的治療法はありませんが、何とか病気の進行を遅らせたいものです。

1.運動療法
 筋肉は使わないと弱ってきます。逆に使うとボディビル選手のように立派な筋肉を持つことができます。しかし筋ジストロフィー患者さんのように弱い筋肉をもった場合は運動により筋細胞がこわれやすいことに留意すべきで、やみくもに使うことは危険です。デュシェンヌ型やべッカー型は別名仮性肥大型筋ジストロフィーとも呼ばれます。特にふくらはぎが太く肥大してみえる特徴があるのでこの名前がついているのです。ふくらはぎが肥大するのはこの筋肉に体重がかかるためといわれています。デュシェンヌ型のような筋細胞の破壊が著しい病型でも筋肉は一時的にせよ肥大できる能力を持っているのです。従って筋肉はある程度は使わないといけません。リハビリテーションの原則としては一日に2時間は立位をとっておくことが必要といわれています。これは2時間立っていろということではなく、いろいろな生活場面での立っている総時間が2時間ということです。
 いろいろな運動療法を行うこともあると思いますが、運動した次の日に筋肉が痛かったら運動のし過ぎと考えられます。痛みを翌日に持ち越さない程度の運動にとどめてください。
  また関節の可動域を狭めないようなマッサージ(ROMエクササイズともいいます)は、入浴中か入浴後に行うと有効です。歩行ができなくなるのは2つの場合があり、一つは筋力低下自体が原因となる場合、もう一つは足首の関節が固くなって歩けなくなる場合です。前者は病気のためなので仕方がないのですが、後者の場合は筋力がありながら歩けなくなるので、あまりにもったいないのです。マッサージは毎日繰り返すと効果的です。大声を出したり、深呼吸を繰り返すなどは呼吸訓練として有効です。

2.手術療法
 外科的にアキレス腱延長手術などの手術を行うと歩行期間が延長します。昔デュシェンヌ型患者では9歳で歩行が不能となりましたが、手術療法とリハビリテーションを組み合わせると14歳頃まで歩行が可能となるといわれました。最近手術療法はあまり行われませんが、青森病院では大腿部の腱を切断する新しい手術を行い有効であったと報告しています。
 脊椎の変形に対する手術も積極的に行われるようになっています。これは大手術なので体力のある内に行わねばなりません、デュシェンヌ型では小学校終わり頃から中学の2年生程度の年齢で行っています。

3.薬物療法
 外国での研究や刀根山病院のデータでは副腎ステロイドホルモン投与が2年程度歩行期間を延長させるとのことです。ステロイドを服用すると運動機能がよくなるデュシェンヌ型やべッカー型の患者がみられます。必ず有効という訳ではありませんが、一度は試みられたらどうでしょうか。他の病型では有効というデータはありません。
 最近ではスポーツ選手が常用するという健康食品の一種のクレアチンが有効であるというデータが発表されました。健康食品の一種なので危険性は無いと思われますが、副作用があるとの報道もされましたので注意しながら服用してください。運動選手が使うステロイド(私たちはアナボリックステロイドといいます)については、つい最近無効であるとの結果がでましたので服用しないでください。他の薬としては、アメリカでは現在抗ヒスタミン剤の一種がデュシェンヌ型に有効かもしれないとされて試験中です。

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Q6:日常生活で留意すべき点は何ですか?
A:

1.食事
 特に食べていけないものはありません、ただし筋強直性ジストロフィーでは糖尿病が多いので糖尿病を合併されている方は食事療法を行ってください。
 歯を噛みしめると前歯に隙間ができる患者さんがおられます。前歯の機能は食物を細かく切り刻むことです。前歯に隙間ができる場合は(私たちは開咬と呼びます)、おかずを前もって細かくしてあげてください(きざみ食)。
 腹筋の力が弱いので便秘になりやすく、食物繊維の多い食物を多くとるようにすることも必要です。また排便があってもなくても毎日同じ時間にトイレに入る習慣を作ることも必要です。

2.関節可動域(Range of Motion:ROM)訓練
 関節の可動域を狭めないようなマッサージ(ROMエクササイズともいいます)は、入浴中か入浴後に行うと有効です。毎日繰り返すと効果的です。アキレス腱を左手でもち、右手で足を持ちすねに向かって数十回押していただければよいと思います。また歩行可能な患者さんでは毎日起床時に、足を壁に付けて膝を伸ばし座ったままで後ろから背中を押して(普通の柔軟体操)ください。背中から足まで体がストレッチされて歩きやすくなります。

3.感冒になったときの注意

 感冒になったら早めに対応することが必要です。おかしいと思ったら早く医師を受診することが必要です。咳をする力が弱いので痰が切れなくて肺炎となりやすいからです。痰自体は細菌にとっては栄養となり、細菌が繁殖して炎症が悪化して、また痰が多くなるという悪循環が形成されます。咳は痰がたまっているというサインですから止めてはいけません、痰は外に出しきることにより咳を止めると考えてください。従って筋ジストロフィー患者さんでは咳止めは服用してはいけないということが原則です。ただし、痰が伴わない咳(空咳)に対しては咳止めを飲んでも結構です。
 痰を出すのに必要な力が弱いのですから、いろいろ工夫しなければいけません。まず水分を十分にとって痰をさらさらにして出しやすくすることを心がけてください。入院して点滴をすると痰が出やすくなるのは水分の補給が確保できるからなのです。去痰剤の服用ももちろん有効です。
 体位性ドレナージといって、痰がたまっている肺を口より高くすることにより痰を出す方法があります。この方法は特に福山型筋ジストロフィーの家族の方は是非習得してください。からだが小さければ極端な場合は、逆さにつり下げれば痰が出ます。痰は液体ですので重力の作用で落ちてくるわけです。患者さんを逆さにつり下げることは難しいですから、ベッドの端から頭を出して、ベッドより少し低い台に頭を乗せて側臥位で10分程度保持すると痰が出てきます。大変有効な方法なので是非試してみてください。

4.繰り返し吐く時
 福山型筋ジストロフィー患者では周期性嘔吐症(自家中毒)が多いので小児科の先生と相談が必要です。デュシェンヌ型や顔面肩甲上腕型の患者では急性胃拡張(上腸間膜動脈症候群)が起こりやすいので留意しておいてください。頻回に嘔吐が起こって止まらないと、この病気の可能性があります。一日に何十回も吐きますので、知っていればすぐに思い当たると思います。放置すると脱水症からショック状態となり3ないし4日で死亡することもあります。治療すれば100%救命できますので、医師に、もしかして急性胃拡張ではないかと指摘してみてください。知ってさえいえれば怖くはない合併症です。

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Q7:定期的な検査が必要といわれたのですが、なぜですか?毎月いかなければなりませんか?
A:筋ジストロフィーには根本的な治療法は無いのが実情です。それでは医師に診察を受ける必要がないのでしょうか?そうではありません。なぜ国が27カ所もの国立療養所の中に筋ジストロフィー病棟を作ったのかを考えてみてください。筋ジストロフィーには様々な重篤な合併症が存在しており、医療がついていないと患者さんの生活・生命の維持が難しいからなのです。

1.呼吸不全
 合併症の中でも一番多く重要なものは呼吸不全です。呼吸も筋肉で行っていますので、呼吸筋が侵されると呼吸ができなくなり呼吸不全となります。筋ジストロフィー患者の検査上では肺活量が減り、最終的には動脈血酸素分圧が減り、炭酸ガス分圧が上昇します。呼吸というのは細胞レベルで酸素を取り入れて炭酸ガスを排泄しています。これができなくなるので全身的影響が出ます。医師としては肺活量を調べたり、経皮酸素モニターで酸素飽和度測定したり、動脈血採血をしたりして状態を知ろうとつとめます。これが定期的な検査が必要な一つの理由です。呼吸不全の最初の症状は朝食の摂取量が減りやせてくることですので、やせてきたら早めに専門医に受診してください。

2.脊柱変形

 脊柱の変形は車いすに乗車すると急速に進行する場合があります。適当な次期に手術するのが最近の治療法なので、時々レントゲンを撮ってもらうことが必要です。これも定期検査の項目の一つです。

3.心不全
 もう一つの重篤な合併症は心不全です、言葉を聞いただけで重要なのがおわかりになると思います。心臓も筋肉でできていますので、筋ジストロフィーでは侵されることになります。しかし筋萎縮症(運動神経の疾患で筋ジストロフィーではありません)では心臓には運動神経は来ていませんので心不全は起こりません。心臓から押しだす血液量が少なくなり、全身の酸素の需要に追いつかなくなり、細胞レベルでの酸素不足となります。
 検査法としては胸部レントゲン写真撮影、心電図検査、心エコー検査などが行われています。心エコー検査は心臓専門医がいないとできませんので、最近ではBNPというホルモンを血液で測定して心機能を推定することができるようになりました。

4.定期検査の頻度
 どれくらいの頻度で病院に通わなければならないかは年齢によって異なります。デュシェンヌ型では心不全の発症時期は15歳が平均年齢ですし、呼吸不全の平均年齢は18歳です、脊柱手術は中学生頃でしょうか。
 小さい時には1年に1回程度の受診でよいと思います。最近では6歳頃からステロイドホルモン投与を行うこともありますから、薬を服用している場合は毎月1回受診が必要になります。薬を服用しない場合は小学生では年に3回、中学生以上は4回程度の受診を勧めています。合併症が出てくれば薬の投薬や呼吸器装着時期の決定など頻回に受診が必要なことはいうまでもありません。福山型でも同様な頻度で受診を勧めています。筋強直性ジストロフィーの子どもでは小さいときから呼吸不全になっている患者さんがおられますので、検査所見によって変えています、呼吸不全が無ければ年に1回でよいと思います。

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Q8:人工呼吸器を装着するようにいわれました。呼吸状態が悪いのですか?
A:筋ジストロフィーの合併症の中で一番多いのが呼吸不全です。不全というのは生活ができなくなるという意味ですから重篤な合併症なのです。呼吸器装着を勧められたのは呼吸状態が悪いからです。
 1980年代半ばまでは筋ジストロフィーに適合したタイプの呼吸器がありませんでしたので、デュシェンヌ型患者の3/4の死因が呼吸不全となっていました。しかし、現在では人工呼吸器が発達し装着すれば楽な生活ができるようになり、患者さんの寿命も大幅に延長してきています。迷わずに医師の勧めに従ってください。

1.呼吸不全の原因
 呼吸に必要な筋肉が無くなって行くことが主因ですが、脊柱の変形も悪影響を及ぼします。呼吸運動にもっとも大切な呼吸筋は横隔膜です。他には肋間筋や頚の筋肉も呼吸に役立っています。これらの呼吸筋が侵されると呼吸ができなくなり呼吸不全となります。検査上では血液中の酸素分圧が減り、炭酸ガス分圧が上昇します。

2.呼吸不全の経過
 動脈血中の炭酸ガスの値は正常では45トール(torr)以下ですが、呼吸不全の進行とともに上昇してきます。デュシェンヌ型では60トールともなれば、体がやせてきたり、夜中に体位変換が頻回になり安眠できなくなります。また午前中は目ざめが悪く、うつらうつらするようになります。放置すると平均半年程度で死亡してしまいます。

3.人工呼吸器治療の開始時期

 動脈血炭酸ガス分圧60トール以上を一応の目安にしますが、他に経皮酸素飽和度が95%以下、また夜間の低酸素状態が著しいなどの開始基準があります。おかしいと思ったら専門医を受診してください。日中の炭酸ガス分圧が60トール以下でも、入院の上夜間の呼吸状態のチェックをしてみると夜間の呼吸状態が悪い場合もあります。

4.人工呼吸器のタイプ
 現在では鼻マスクによる人工呼吸器治療がスタンダードになっています。鼻マスクをつけて夜間睡眠時に器械を動かせばよいので、日中は装着前と同じ生活が、装着前よりも元気にできるようになります。器械を導入するときには1週間程度の病院入院が必要となりますが、一般的には患者さんはすぐになれてしまいます。このタイプの治療で5年以上大丈夫ですが、呼吸不全が進行して苦しくなってしまった場合にはのどを手術して気管切開を行い、違うタイプの人工呼吸器が必要となる場合もあります。気管切開をすると、一部の患者さんでは声が出なくなりコミュニケーションに問題が出てきますのでできるだけ気管切開を行わないで治療をしていきたいと思いますが、必要となったら躊躇しないで手術に踏み切る時代となりました。
 これらの呼吸器は購入すると高価ですが、現在は健康保険適応となっていますので、自分では一部を負担すればよくなっています。通常は病院や近くの開業医からリースで呼吸器を借りるという形式をとります。

5.人工呼吸器装着後の生活
 鼻マスク式の呼吸器は小さくポータブルで軽いものです。作動音も小さくて、同居する家族の方も安眠が可能です。鼻マスクをはずせば以前のとおりですから、積極的な生活を送れます。呼吸器が小さいので、外国旅行を楽しむ患者さんも多数おられます。気管切開された患者さんでもオーストラリアに行かれた方がおられます。このように人工呼吸器治療しても生活の範囲が狭くなることはありませんので安心して呼吸器をつけていただきたいものです。



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Q9:心臓が悪いといわれました。どのような注意が必要ですか?
A:筋ジストロフィーの合併症の中で治療上もっとも難しいのが心不全です。不全というのは生活ができなくなるという意味ですから、不全という文字が付いたら重篤な合併症なのです。

1.心不全の原因
 心臓から血液を全身の細胞に送り出すことが心臓の大切な働きです。血液を送り出して細胞にたまった炭酸ガスや老廃物を細胞から除去し、酸素や栄養を与えることが心臓の働きということになります。検査上では動脈血液中の酸素分圧や炭酸ガス分圧は正常ですが、心臓に帰ってくる血液の酸素分圧が著しく低下しています。これは全身の酸素必要量に見合うだけの血液量を弱った心臓が送り出せないことを示しています。

2.心不全の経過
 心エコー検査での左室駆出率は正常より大きく低下します。筋ジストロフィーでは40%以下が心不全と考えられています。放置するとどんどん低下して10%以下にまで低下するようになります。この検査は心臓内科専門医のいる病院しか正確な検査ができないので最近では血液のBNP(脳性ナトリウム利尿ペプチド)という検査で代用し左室駆出率を推定しています。BNPの正常値は20以下です。大まかには左室駆出率が30%ではBNPが60程度、左室駆出率が20%となるとBNPは100程度、左室駆出率が10%程度ではBNPは150以上となります。

3.心不全治療
 心不全の治療としては有名なバチスタの手術といって心筋の一部を切除することがありますが、一般的ではありません、また人工心臓もだんだんよいものができてきているのですが、まだまだ一般的というわけには行きません。
 内科的心不全治療の原則は安静が第一です。BNPが150以上ともなれば水分摂取の制限も必要になります。
 そのほかでは薬物療法が主になります。ごく最近筋ジストロフィー心不全薬物治療法が大きく変更されましたので、参考に記しておきます。一般の医師もまだ知らないと思いますので必要時には医師に見せてあげてください。
 BNPが20以下でも(正常範囲内の時に主治医が必要と判断すれば)ACE(アンギオテンシン変換酵素)阻害剤を投与します。BNPが20以上60以下ではACE阻害剤に?ブロッカーを加えます。BNPが60以上150以下ではさらに利尿剤とジギタリスを加えます。BNPが150以上になったら入院して治療が必要になります。

4.日常の注意
 定期的な専門医への受診が必要です。専門医は胸部レントゲン写真で心臓の大きさをチェックしたり、心電図検査をしてくれると思います。筋ジストロフィーの合併症の中でもっとも治療が難しいので、的確かに病気の進行をつかみ治療をしていく必要があります。
 デュシェンヌ型では平均15歳頃に発症することが多く、若年性心不全とも呼ばれてきましたので中学生になったら必ず定期的に専門医を受診してください。(石原傳幸)

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Q10:遺伝子の異常とは何ですか?
A:ミクロのレベルで説明をしましょう。ヒトの細胞の中には核があります。この核には父親由来、母親由来の2本1組の染色体が全部で46本、23組あります。22組が常染色体で、1組が性染色体です。常染色体には大きい染色体から順番に1番から22番までの番号がついています。性染色体にはX染色体とY染色体があり、男性はX染色体とY染色体をもち、女性はX染色体を2本もっています。1個の核の中には30億個のDNAがあり、それがペアで存在するので計60億個のDNAがあります、そのDNAには約4万個の遺伝子があると推定されています。近年、ヒトのゲノムプロジェクトが進み、多くの遺伝子が分かるような時代になってきました。遺伝子を形作るDNAとはA(アデニン)、T(チミン)、C(シトシン)、G(グアニン)の4つの塩基から成っており、遺伝子の異常とは、その塩基配列が例えば、ATCGのはずが、ATGGやATGになったりすることです。それによって、遺伝子の情報から本来作られるはずの蛋白質が作られなかったり、正常とは異なったものが作られたりして、細胞が正常に機能しないで病気となるのです。

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Q11:筋ジストロフィーは必ず遺伝するのですか?
A:筋ジストロフィーは遺伝子の疾患です。遺伝子の病気というと親から子どもに必ず伝わるというイメージが強いですが、親が筋ジストロフィーでも子どもには病気が現れないことが多いのです。筋ジストロフィーの遺伝形式にはいくつかあります。つまり常染色体優性遺伝(肢帯型、顔面肩甲上腕型、筋強直性ジストロフィー)と常染色体劣性遺伝(肢帯型、福山型)とX染色体劣性遺伝(デュシェンヌ型、ベッカー型、エメリー・ドレフュス型)があります。それぞれの遺伝形式に従い次の世代に病気が伝わったり、伝わらなかったりします。
常染色体優性遺伝の場合には親が患者であると、子どもは1/2の確率で病気を発症します。常染色体劣性遺伝では両親がそれぞれ病気の遺伝子変異を1個持っているけれど、全く発症しない状態の保因者であり、子どもの1/4は罹患し、3/4は罹患しません。病気をもつ本人と遺伝子変異をもたない配偶者との間の子どもは保因者になりますが患者は生まれません。X染色体劣性遺伝では保因者の女性と遺伝子変異をもたない男性との子どもは男児では1/2の確率で病気を発症します。女児は1/2の確率で保因者となります。病気をもつ男性と遺伝子変異をもたない女性の間の子どもは男児は全員病気になりませんが、女児は全員保因者となります。

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Q12:遺伝カウンセリングを受けるにはどのようにしたらよいですか?

A:遺伝カウンセリングは臨床遺伝専門医という資格を持つ医師が中心となって行ないます。遺伝カウンセリングを受けるためには、日本筋ジストロフィー協会の各地の支部に連絡をとって、遺伝カウンセリングを行なっている施設を紹介してもらうのがよいです。遺伝カウンセリングでは筋ジストロフィーをもつ本人と家族に対して、病気や遺伝に関する情報を提供します。そして、遺伝に関してのみならず、さまざまな悩みについて、生活面のことについて、また医療的なケアなどの相談、家族の心理的サポートを行い、臨床心理士、ソーシャルワーカーなどの適切なアドバイスができる人を紹介することもあります。



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Q13:出生前診断はどのような病気の時に可能ですか?診断の方法を教えてください。
A:分子遺伝学の進歩により遺伝子診断が診療に応用されるようになり、病気の遺伝子レベルでの確実な診断ができるようになりました。血縁者において遺伝子の情報は共通しているために、病気の本人の遺伝子変異が明らかになると、その兄弟姉妹や親族において、Q11に述べたように、ある確率で同じ遺伝子変異を持つ可能性があります。遺伝子診断は微量のDNAで実施できるため、出生前診断として妊娠中の赤ちゃんの細胞を採って診断することが、技術的に可能になりました。出生前に診断がつくことによって、妊娠を続けるかあきらめるか、赤ちゃんの両親が決めなければならない状況になることも事実です。
出生前診断は、このように生命倫理の面から、とても重い問題を含んでいますので、安易に実施されるべきものではありません。また、検査を受けることを強要されるべきものでもなく、検査を受けるかどうかは赤ちゃんの両親が十分な正しい情報のもとに決めていくものです。さらに、出生前診断を受け、赤ちゃんが病気であると診断されてから、十分なカウンセリングを受けつつ、赤ちゃんを産んで育てる準備と環境の整備をする家族もおられます。遺伝に関連した8つの学会がガイドラインを出しておりますが、その中には、次のように書かれています。
1.出生前検査・診断は倫理的にも社会的にも多くの問題を包含していることに留意し、とくに以下の点に注意して実施する必要がある。
(1)胎児が罹患児である可能性、検査法の診断限界、副作用などについて検査前によく説明し、十分な遺伝カウンセリングを行うこと。
(2)検査の実施は、十分な基礎的研修を行い、安全かつ確実な技術を習得した産婦人科医あるいはその指導のもとに行われること。
2.絨毛採取、羊水穿刺など、侵襲的な出生前検査・診断は下記のような妊娠について、夫婦からの希望があり、検査の意義について十分な理解が得られた場合に行う。
(1)夫婦のいずれかが、染色体異常の保因者
(2)染色体異常症に罹患した児を妊娠、分娩した既往を有する場合
(3)高齢妊娠
(4)妊婦が重篤なX連鎖遺伝病のヘテロ接合体
(5)夫婦のいずれもが、重篤な常染色体劣性遺伝病のヘテロ接合体
(6)夫婦のいずれかが、重篤な常染色体優性遺伝病のヘテロ接合体
(7)その他、胎児が重篤な疾患に罹患する可能性のある場合
筋ジストロフィーでは、どの型が「重篤な」疾患であるかは一概には言えませんが、成長して社会生活を営むことが可能であるかどうかは、その判断の基準になると考えられます。具体的な方法としては、妊娠中の赤ちゃんの組織からDNAを調製して調べます。赤ちゃんに危険がなく、組織を取る方法には絨毛穿刺と羊水穿刺があります。絨毛穿刺は妊娠の10週から12週に、羊水穿刺は妊娠15週から18週に行います。絨毛穿刺は技術的に熟練が必要です。検査による流産の危険性は、絨毛穿刺では、3―10%といわれており、羊水穿刺では自然流産率とほぼ同等です。穿刺によって得られた絨毛細胞または羊水細胞からDNAをとります。細胞培養をしてDNA量を増やしてからDNAをとるばあいもあります。結果の判定には、少なくとも2週間はかかります。妊娠中に、なるべく早く診断をするためには、妊娠をする前に、遺伝カウンセリングによって十分な情報提供を受けること、その家系の患者さんの遺伝子診断と両親の保因者診断を行っておくことが必要です。
(斎藤加代子)

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